August 31, 2011
August 27, 2011

8/17 RussiaToday  (by astley2nd)

August 24, 2011
August 23, 2011

教育及び娯楽としての

yoookd sllǝʍoɥ-ɐpɐʞo oʎ  

 …アートそのものを生涯の仕事に出来る人は多分卒業生の1%にも満たないけど、アート教育は間接的にいろんな分野に役立つと思う。一方、日本の板前さんもその道を究めるために華道や茶道や陶芸をやると聞く。アーティストも料理人になれるかも。多角的経験は人生を豊かにし不況時も柔軟になれる。

8月22日 

@tatsuomiyajima宮島達男

 アート系学生は特に専門職にこだわりすぎ。文学部や経済学部の学生が全員文学者や経済学者になるわけではない。むしろ、アートの持つ想像力をあらゆる職場で、社会の隅々まで波及させるほうが、潤いある社会になると想うのだが。

4時間前

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hazuma 東浩紀  

 思想地図β2の巻頭言に書いているのだけど、ゼロ年代の批評って要は「娯楽で繋がる可能性」を肯定的に評価しようって運動だったわけです。「年収1億でも年収100万でもみな同じアニメ見てるよね」と。

しかし3.11が突きつけたのは、「で、同じアニメ見てたからって、どうなのよ?」ってことだと思う。その状況に対してどうするのか、ぼくにも明確な答えはないんだけどね。

  娯楽が必要ないと言っているのではなく、「娯楽でしか繋がれない」のが貧しいと言っているのですよ。。 8月22日


“忘却と死”

HYOGO_M Hyogo M  

 歴史を見ることは、今の時間に、たいらに存在を感じている物事を地層を確認するように垂直に割って見ることなのかも。あるいは地層を捲り見ることなのかも。とにかく、歴史で照らすと物事は立体的迫りあがる。そして、人は忘れるから、忘れることも忘れがちだから、見る行為は大変。

8月21日

忘却と死が似ているとしたら、忘却に失わない何かの発見は、死に失わないものの証明にならないかな。もしも、似ているなら。

8月21日